2010年8月号 脳と神経、腹と経絡
西洋医学と中国医学では身体の見方が違う。その最たるものが脳と神経である。中国医学では脳を髄海と呼び、働きについての説明は曖昧である。江戸の庶民は“腹”を「思考、記憶、判断、怒り」の中心と信じていた。脳が全身の運動、知覚、精神を統率する中枢で、そこから全身に神経を出していることは『解体新書』が出るまで知らなかった。因みに、『解体新書』を翻訳したとき、杉田玄白らは「神経」に該当する言葉がないのに戸惑った。はたと困って、鍼灸の神気と経絡説から「神経」を造語した。経絡説とは経絡という脈が一定の規則に従って全身をくまなく巡り、そこを神気が流れるという説である。玄白は神経のはたらきを神気と経絡になぞらえて、神気の“神”と経絡の“経”をとって「神経」とした。一方、『解体新書』では、腹について胃腸、肝臓、膵臓と、消化機能の臓器のこと以上は述べていない。しかし、現代でも、腹がたつ、腹黒い、太っ腹、腹の探り合いなど、江戸時代と変わらない言いまわしが生きている。それを言い換えて、「脳の探りあい」といったらピンとこない。
一方、西洋では紀元前5世紀に古代ギリシアのヒポクラテスが大脳は知性と関係があると述べ、プラトンも脳と心の関係に言及している。紀元前4世紀のアレクサンドリアで脳の解剖が行われ、脳から出ている神経に運動神経、知覚神経があることを突き止めている。
酒井シヅ(順天堂大学名誉教授)
投稿者 : 2010年07月15日 09:38 : 無断転載を禁じる
