2010年12月号 甲状腺腫とバセドウ病

近年、人名のついた病名が減ってきたといっておきながら、前回はアルツハイマー病、今回はバセドウ病と人名の付いた病名が続いてしまった。バセドウ病は甲状腺腫の一種で、アルツハイマー病より早くから巷間に知られた病気である。甲状腺腫にもいろいろあるが、もっとも有名なものがバセドウ病である。喉の前面にある甲状腺の肥大、眼球突出、頻脈が特徴であるために素人でも分かりやすい。しかし、これをバセドウ病と呼ぶのはドイツ医学圏である。英米ではグレイブス病という。グレイブス(1776-1853)はアイルランド生まれの世界的な名医であり、甲状腺腫について1835年に発表した。それに対してバセドウ(1799-1854)はドイツのハレ大学に学び、メルセブルグで開業した市井の医師で、グレイブスより5年後の1840年にバセドウ病を雑誌に発表した。日本でグレイブス病と呼ぶようになるのは、戦後、アメリカ医学が入ってからである。ドイツ医学一辺倒であった戦前はバセドウ病と呼んだ。

ところで日本人の名前のついた甲状腺腫に橋本病がある。橋本策(1881-1934)もまた三重県の開業医であった。九州大学で研究中の1912年にドイツの医学雑誌に出した論文が英米で認められて、ハシモト病が誕生した。皮肉なことに日本人がそれを知ったのは戦後になってアメリカ医学が入ってきてからであった。

酒井シヅ(順天堂大学名誉教授)

投稿者 : 2010年11月15日 08:00 : 無断転載を禁じる