2010年1月号 魂胆・肝胆・肝腎
近頃はあまり使わなくなったが、「魂胆」は江戸時代から盛んに使われてきた。
相手の行動に不審を抱くとき、「何の魂胆があるのだろうか」といい、「人を陥れようとする魂胆」とか「独り占めしようとする魂胆」のように、良い意味より、ちょっと狡い「たくらみ」「策略」「才覚」の意味で使われる。
ところで、「魂胆」は中国医学の五臓六腑説から生まれたことばである。五臓とは肝、心、脾、肺、腎である。すべてに臓をつければ、現代解剖学の内臓名になるが、五臓六腑説の臓器は現代医学と似て非なるものであると心得た方がよい。五臓に胆、小腸、胃、大腸、膀胱の五腑が組みとなり、その外に三焦を加えた六腑をもって五臓六腑説が成立する。ここで話題の「魂胆」の胆は肝の対である。「肝胆相照らす」とか「肝胆寒し」などはここから生まれた言葉であ
る。
各々の五臓には精神的な機能が配当されている。肝は魂、心は意、脾は智、肺は魄、腎は精である。魂胆は肝に属する魂と胆が結びついたのである。いわゆる脳の働きはすべて五臓に属した。五臓の中でも、肝と腎は物事の決断など「肝腎」なことを司ると信じられていた。因みに、腎には泌尿器の役目はなかった。
生命のもと、元気が宿る場所と信じていたのであった。
酒井シズ(順天堂大学名誉教授)
投稿者 : 2009年12月15日 09:22 : 無断転載を禁じる
